短歌分野で功績を上げた人をたたえる今年度の「第30回若山牧水賞」に選ばれた、秋田県にかほ市在住の山中律雄(やまなか・りつゆう)さんの受賞を記念した講演会が1月30日、日向市の中央公民館で行われました。
山中さんは秋田県出身の67歳です。曹洞宗禅林寺の住職を務めながら歌人として活動し、昨年8月に発行した歌集「光園」で北海道・東北地方から初めて若山牧水賞に選ばれました。
講演会ではまず、今年度で閉講となる坪谷小6年の水野大珠(みずの・たいじゅ)さん、山口創大(やまぐち・そうた)さんの2人が、「ふるさとの 尾鈴の山の かなしさよ 秋もかすみの たなびきて居り」などの牧水の歌を朗詠・斉唱したのに続き、地元・日向市の西村賢市長が「今回の山中様の受賞はまるで運命の様に感じている。山中様は短歌を始められた当初、牧水先生が創設された短歌結社『創作』にご加入されていたとのこと。牧水の情熱の源流に触れてこられた山中様が、この30回の節目に受賞されたことは郷土の喜びもひとしおです」とあいさつしました。

続いて、若山牧水賞の選考委員で若山牧水記念文学館長の伊藤一彦さんが、山中さんの経歴を紹介し「過去、牧水賞は東北からの受賞者が一人もいなかった。初めて東北地方から受賞者で出て、山中さんは白河の関を牧水賞が越えたとおっしゃった。秋田の日ごろの生活、ご住職としての生活、秋田の自然、ご自身のご病気のことを完結な文体で内容豊かに歌われている。選考委員全員一致で推しました」と話しました。
講演の演題は「牧水が詠み得なかったこと」です。その中で山中さんは、牧水が創設した短歌結社「創作」への入会した時の動機や、創作が分裂した後、現在は自身が代表を務める短歌結社「運河」に加入した際の心境、そこで師である川島喜代詩(かわしま・きよし)氏から約20年間にわたって短歌の〝てにをは〟、定型の大切さなどを徹底して学んだことを振り返り、「五七五七七の中に新たな価値を創造し、それ以上の世界を感じさせる歌を目指さなければいけないと言われた。三十一音に言葉を当てるだけでも大変な作業。そこに新しい物を加えていくのは、到底無理だなと私が絶望を感じたのは一度や二度ではありません」などと話しました。

また、この日の講演の演題について「牧水が詠まなかったことではなく、牧水が詠み得なかったことという演題です」とした上で、2014年に秋田で開かれた国民文化祭の選者を務めた際に選出した山口県の石井紀美子の短歌「満開の桜見上ぐる告げられし余名の季がいま過ぎていく」など3首について解説し、「これら3首には死があって、老いがあって、移ろいゆく時間がある。牧水にない歌の世界と言ってもいいのかも知れません」などと話しました。
また、「癌の治療中です。命の危機を意識しないではいられない状態にあります。手術をして4年になろうとしていますが、手術をした病巣以外には癌が見つかっています」と自身の病について告白し、自身の短歌集「光園」にある「生老病死などおもはず生き来しが老いて死病のただなかにゐる」などを紹介しながら、「およその人は生老病死の道をたどることになります。主体たる自分でさえコントロールすることができません。だから辛いのです。だから諦めがつくのです。そんなことを感じながら私は今暮らしています。癌という病気は私の人生を変えませんでしたが、人生観を変えました。この人生観の変化は私の短歌の作品に大きく影響しています」などと、僧侶という立場や、死の淵にたった経験が今の作品作りに大きく得響していることを強調しました。
最後に、「牧水の偉大さを認めながら、残念なのは生老病死に対する認識が少し浅かったことであります。これはしょうが無い。43歳という若さで亡くなっていますし、お酒で命を縮めたのですから、仕方ないと言えばそれまでですが、老いや病に冒されて、絶望の淵にあって天才牧水は何を詠んだのだろうかと、私はつくづく思いました。牧水は美しい歌をたくさん残して去っていきました。牧水にファンが多いのは、この美しさに惹かれている人がいるからでしょう。そのことは認めつつ、それでも私は牧水の老いと病の歌を読んでみたかったと思います」などとまとめました。













