延岡で戦争を語り継ぐ集い

 81年前の昭和20年6月29日未明、延岡市ではアメリカ軍のB29爆撃機による大空襲があり、市街地の約3分の2が焼け野原となり、即死者130人を含む大惨事となりました。

 延岡市立図書館では、戦争や延岡大空襲の歴史を風化させず、戦争の悲惨さと平和の尊さを次世代へ継承することを目的として「第23回平和祈念資料展」が7月2日まで開催されました。その関連行事として6月28日、カルチャープラザのべおか3階のハーモニーホールで「戦争を語り継ぐ集い」が開かれました。

 今年は「戦争の時代を生きた子どもたち〜戦中・戦後の体験を語り継ぐ〜」をテーマに、2部構成で行われました。

 第1部では、東京在住の軍事史研究家・古館豊(ふるだて・ゆたか)さんによる日中戦争から終戦までの子どもたちが置かれた状況を解説した後、声優の池田知聡(いけだ・ともあき)さんが、延岡大空襲を経験した黒木民雄(くろぎ・たみお)さん、佐藤隆俊(さとう・たかとし)さんの体験談を、抑揚を駆使して読み上げました。

 続いて、宮崎マルチメディア専門学校副校長の三橋幸四郎(みつはし・こうしろう)さんによるCG(コンピューター・グラフィックス)を使ってのB29や延岡に落とされた焼夷弾の構造・仕組みを詳しく解説しました。最後に池田さんがカナダ出身で、延岡大空襲時の校舎の消火活動中に殉職した栗田彰子先生の同僚だった辻久代(つじ・ひさよ)さんによる、栗田先生が亡くなる前後の状況を記した手記を朗読しましたが、辻さんの「戦争は何百万人もの若者の夢と才能を断ってしまいました。私たちはこれを忘れてはならないと思います」という言葉が、戦争の悲惨さと平和の尊さを如実に表れしていました。

 2部では、戦後を生き抜いた子どもたちの状況を古館さんが当時の写真を使いながら解説した後、戦後、子ども達が置かれた状況が伝わる生野洋子(しょうの・ようこ)さんの作文を池田さんが朗読しました。さらに、東京在住のピアニスト・松浦真由美さんの演奏に合わせて、池田さんが「満州からひとりぼっち」と題した石山拓子(いしやま・たくこ)さんの手記を朗読しました。

 終戦時、満州にいた石山さんは、逃げ延びる過程で弟や妹、母親を亡くし、一人だけ日本に戻ってくることができました。手記の中で石山さんは「私が生き残ることができたのは母の精一杯の守りと愛情でした。戦争でたくさんの命が奪われます。無理矢理死に追い込まれるのです。戦争って何ですか? 平和って何ですか? 苦しんだ人たちに聞いて下さい」と訴えています。 

 また、カルチャープラザ2階フリースペースでは。戦争と原爆体験を語り継ぐ会主催の「戦争と原爆展」が開かれました。

 会場には、第2次世界大戦中の人々の暮らしや被害状況、広島や長崎への原爆、東京大空襲や沖縄戦などについてまとめたパネル約60点を展示していたほか、延岡大空襲や島野浦空襲についてまとめた特別展示や、市民から寄贈された戦時中に使われていた生活用品、焼夷弾の弾頭なども展示されました。今年は、召集令状を受け取った兵士が家を離れる際に家族らと交わした「別れの盃」が初めて展示されました。

 

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