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初心者写真教室を開講、撮影技術を惜しげなく伝授する甲斐靖一さん 0982アーカイブ(2015・12月)

「子曰く、命を知らざれば、以て君子たること無きなり」

孔子と門弟たちが残した「論語」の一節だ。「自分に与えられた天命を理解しなければ、人々の手本となって指導する事などできない」という意味だとされる。

延岡市野地町の甲斐靖一さん(69)=にししなカメラ社長=が、2015年11月20日に発表された第49回キャノンフォトコンテストで見事、最高賞のグランプリに輝いた。全国から寄せられた2万1368点の中の頂点。県内からの入選以上は甲斐さん唯一人という激戦の中での快挙だ。

甲斐さんは同年、第65回延岡市美展(7月)で準特選、JA宮崎経済連フォトコンテスト(8月)で最優秀賞、第63回二科会写真部(9月)で加賀ハイテック賞受賞と快進撃が続く中でのさらなる朗報に、甲斐さんが開く写真教室の生徒や親交ある写真愛好者たちは喝采を上げた。

「特に期すものはなかったので、自分でも驚いている。今年はツキがあるなというのが正直な感想」と甲斐さん。そのツキは、甲斐さんの好きな論語が教えるように、自分の天命を理解し、その技術を後進に惜しげなく教えてきた甲斐さんの生き方が呼び寄せたものだった。

 

キャノンフォトコンテストでグランプリ受賞

第49回キャノンフォトコンテスト・グランプリ受賞作品「峡谷の蛍」第49回キャノンフォトコンテスト・グランプリ受賞作品「峡谷の蛍」

 

中学時代からの“カメラ小僧”

 

根っからの“カメラ小僧”だった。

警察官だった父の転勤に伴い、日向、椎葉、都城と県内各地を回った。カメラとの出合いは中学時代。兄に買ってもらった紙巻きフィルム式のカメラで写真を撮り始めた。

都城工高を卒業後、大阪の永大産業に就職してからも、「会社の体育祭の写真を任されたり、コンテストに応募したりしていた。寮の押入を暗室にして自分で現像していた」。

延岡市松山町出身の父が、定年して延岡に家を建てていたことから、21歳の時に脱サラして同市野地町で小さなカメラ屋「甲斐カメラ」を開いた。

豆腐1丁10円、白黒プリントも10円の時代。「1日に白黒フィルムの現像・プリントの注文が2本もあれば、何とか生活できていた」という。のどかな時代でもあった。

6年目に西階町の西階通線沿いに店を移転し、店名も「にししなカメラ」にした。道路はまだ整備中でつながっていなかったが、「発展することを見越して店を構えた」。

その後、工事現場写真などの需要が年々増え、市内だけでなく宮崎市、門川町にも支店を出すようになり、最盛期にはカメラ店7店、中古釣具店2店を運営していた。「早朝の現像割引サービスをすると、朝の2時間の間に、全店で1400本もの現像が集った時もあった」そうだ。

第63回二科会写真部入賞作品「雷光走る」第63回二科会写真部入賞作品「雷光走る」

 

5年前からコンテストに出品

 

カメラ暦約55年、カメラ店を開いて48年というキャリアにもかかわらず、各種コンテスト・美術展に作品を出すようになったのは5年前の平成22年からと遅かった。市内の写真愛好家と延岡写真愛好会を立ち上げた際に、「これからは積極的にコンテストに出品していこう」と申し合わせたのがきっかけだった。

もともと、写真に対するこだわりは強く、アナログからデジタルへの転換にもいち早く対応してきた。既に基礎ができていたことからコンテストへの適応も早く、出品を始めた年に日向市美展、延岡市美展で相次いで奨励賞を受賞、宮日総合美術展では特選に輝いた。「人の写真もそれまで以上に多く見るようになったし、コンテストに対する意識がどんどん深まっていった」。

以来、この5年間で、第53回フジフィルムフォトコンテスト優秀賞、第39回宮崎県美術展準特選など、入賞・入選歴は30回を超えている。

JA宮崎経済連フォトコンテスト2015最優秀賞「行縢の田園風景」JA宮崎経済連フォトコンテスト2015最優秀賞「行縢の田園風景」

 

写真教室を開講し、底辺引き上げに尽力

 

コンテスト出品を始めたのと同じ年の平成22年、「にししなカメラ初心者写真教室」を開講した。「もっともっと写真文化の底辺を引き上げたい」という強い思いからで、最初は試行錯誤しながらも自身が会得した撮影技術、撮影に臨む際の心構えなどを教え始めた。

同時に、教える立場としての資格取得にも励んだ。公益財団法人国際文化カレッジが実施するフォトマスターの資格に挑戦し2級、1級と進み、昨年には「EX」という特別資格も10月に蛍部門、12月に総合部門で相次ぎ取得した。フォトマスター1級合格者のみが受験できる“写真の達人”としての認定コースで、高度な実用知識を前提に、作品創作力や写真活動実績、あるいは指導(リーダー)性などの総合評価により認定されるもので、延岡ではもちろん唯一人の資格所持者だ。

写真教室は毎週火曜日の昼と夜に開講。写真の基礎から、カメラの操作方法、様々な状況に応じた撮影技術、トリミングや加工技術まで惜しげもなく伝授する。受講生は現在、昼と夜を合わせ約50人おり、この5年間で延べ200人近い人が学んできた。

6回で3000円(税別)、1回当たり500円という、こうした教室では破格な料金設定。「儲けようと始めたのではなく、長くみんなに学びに来てほしいという気持ちで始めた。自分が持っている技術は出し惜しみせずすべて教えるようにしている。もともと写真文化を広げたい。もっともっと底辺を引き上げたいという夢があり始めた教室だから」とあっさり。

それだけに、「市内の高校にも行き、写真教室開きませんかと掛け合ったこともあったが、『、業者が儲かるためにしている』ぐらいにしか思われず、了承してもらえなかった。学校現場には、被写体となる素材がたくさんあり、良い写真がいっぱい撮れるのに……。せっかく取得した技術を、後進に伝える場がないのは、もったいない」と残念がる。

同年7月の第65回延岡市美展。特選の山口敏夫さん、準特選だった甲斐さん自身を含め、入賞・入選した81人の約半数近くを「にししなカメラ写真教室」のOBや現役が占めた。

甲斐さんの指導で教え子の技術が年々高まっているのは確か。教え子の中には、開講当初からの教え子も相当数おり、祭りや四季折々の撮影スポットにみんなで出かけたり、その場その場で甲斐さんが実地で技術を伝えてきた成果が着実に表れている。

加えて、出品の際には50年近くカメラ店を経営してきた甲斐さん自身が各自の写真のトリミングやプリント時の色調整などに関わるため、「コンテストに出す、出さないは各自の責任だが、出す以上は最高にいい状態に仕上げて出している」ことも大きい。

ベテラン会員の一人、延岡市粟野名町の飯干福茂さん(70)は、「定年して何か趣味を持ち、その趣味を通じて輪を作っていきたいと思い4年半前に入会しました。最初は、カメラの扱い方すら分からない状態でしたが、甲斐先生は、自分で努力して苦労した結果を惜しげもなく教えてくれ、ありがたい限り。そういう熱意と意気込みが今回のグランプリにつながったと思います」と祝福を惜しまない。

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下学して上達す

 

「試してみないか。あなたの写真力」。今回のキャノンフォトコンテストのキャッチコピーである。甲斐さんは「コンテストに出すのは、趣味みたいなもので楽しい。自分の腕試しにもなる。まさに、あのコピーそのもの。いい写真が撮れたら試してみたいし、それが入賞したりして他から認められことで、他信から自信につながっていく」と話す。

甲斐さんは、写真教室では技術だけでなく、論語などを元に物の考え方について教えることも多い。

「釣(つり)して綱(こう)せず。弋(よく)して宿を射ず」

【孔子は釣りを楽しまれたが、網を用いる事はなかった。狩りを楽しまれたが、巣の中の鳥を射る事はなかった。必要以上に求めたり、不必要な殺生を避けた】

「下学して上達す」

【下学とは同級か目下の人のことで、自分が知らないことや、分からないことは、そういう人から素直に学ぶことで上達していく】

「君主は義に悟り、小人は利に悟る」

【人格者は正しさを求め、つまらない人間は利益を求める】

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甲斐さんは言う。「孔子は人間のあり方などを言葉に直した人。言葉の魔術師でもあった。そうした本からも吸収することもあるし、出会った人から吸収することも多い。本やその作者との出会い、人との出会いを大事にしないといけない。そういうことが孔子の本にたくさん書いてある」と。

甲斐さんは、写真という一つの道を追求し極めてきた一人でもある。そして今、自分が試行錯誤してたどり着いた道程そのものを、惜しげもなく後進に伝える日々。その孔子の言葉に重なり合うような生き様こそが、単なる“ツキ”ではなく、グランプリという栄誉を射止めた最大の要因と言えないだろうか。

※この原稿はひむか人マガジン「0982」2015年12月号に掲載しました。

IMG_3954 ヤナ場の夕景 8-1蛍の里